マヤ・アステカの神話は、大変に面白く、通常、神話とは自分達がいかに神に愛でられた存在であるか、自分達の存在が、いかに高尚なものであるかを語るものです。自分達が神の子孫であることの証明とする神話であったり、神に選ばれた存在であることの証書だったりするわけです。 しかし、マヤ・アステカでは、乱暴な言い方をすると、善神が敗れ、自分達が悪神に使えており、いつか制裁を受けるだろう。と言う神話を構築していきます。平和の神でもあるケツァルコアトルが去り、戦争の神であるテスカポリトカが支配し、いつかケツァルコアトルが戻ってきて、我らを滅ぼすだろう。そんな主旨です。 荒ぶる神を鎮めるために生け贄を出す。マヤ・アステカでは、生け贄になることは名誉なことでした。それは、悪神を鎮めるために、身を捧げる行為であり、善神に許して貰えると考えていたのかも知れません。西洋人が考えていたように、泣き叫び、嫌がる人間を無理矢理殺していたのではないようです。全部が全部ではありませんが… また、厳密には、テスカポリトカも悪神ではありません。そもそも、西欧の単純な二元論的展開ではないのです。 そうした、自分達が悪神に使えていると自覚している特異性は、HPLの考案したクトゥルフ神話の価値観に妙にマッチングするようです。世界中の神話でも、異形の神は多くいますが、マヤ・アステカほど、クトゥルフ神話の神々を連想しやすいモノはありません。 ここでは、そうした類似性や、神の特性を考察することで、シナリオソースにしていきたいと思います。
マヤ・アステカの神話は、生け贄の神話です。まぁ、生け贄のない宗教は存在しないのですが…キリスト教でさえ、自分の子を生け贄として差し出した神話が、聖書に載っています。 それでも、特異なのは生け贄となることが栄誉であるとされたことでしょう。通常は、戦争で得た捕虜を捧げたり、奴隷をあてがったりします。中には、自ら望んで、主の死後、黄泉の世界で使えることを望む地域もあったようですが… このことが、やたらと生け贄を求める(人間がかってに差し出している?)クトゥルフ神話の神々と符合すると考えられているようです。例外的に、人身供儀を禁止し、推奨しなかったのは、インカ帝国です。マヤ・アステカと同系列の神話をもつにもかかわらず、インカでは生け贄は嫌われました。 また、マヤ・アステカに文字があったにもかかわらず、インカには存在しないため、立地的には近いながらも、インカとアステカは、互いの存在を知らなかったのではないか。と言う説もあります。 マヤ・アステカ文明とおおざっぱに分類していますが、実際には、マヤ・アステカの他にも、オルメカや、トルテック、ワステカ(誤字ではありません)など、小部族が乱立し、覇を競い合っていたようです。神とは、その部族のトーテムですから、主神の交代は、支配部族の交代を指すのでしょう。もしかしたら、神も実は部族のリーダーなので、実在したのかも知れません。 マヤ・アステカでは、人類は四度絶滅していますが、その度に主神が変わっています。それは、支配部族が変わり、前の王朝を滅ぼした。と言うことを示すのかも知れません。 少し調べてみて感じたのは、語尾に「テクトリ」のつく神とつかない神がいることです。これは、おそらく、日本神話の「神」と「尊」の違いの様なものだと感じました。つまり、テクトリの付く名を持つ神は、観念的な神であり、つかない神は、日本の「尊」と同じく、英雄の尊称であり、英雄神なのだと思います。つまり、実在した部族の長や、英雄であり、死後、神と段に列せられたか、現人神として神と等しく扱われたのではないかと、考えています。 まぁ、ココでは、歴史的な考察ではなく、クトゥルフ神話との類似、比較がメインですのでこのくらいで。
ケツァルコアトル: 羽毛持つ蛇。とか翼のある蛇。と言われ、平和の神であり、マヤ・アステカ・インカに代表される文明圏で登場しない文明はありません。もちろん、名前は変わりますが、羽毛持つ蛇といった表現は同じです。肌は白く、黒髪で、たっぷりとした黒い口ひげを生やしている。と言う姿は、大西洋を横断してきた当時のスペイン人そのものであったとか。 クトゥルフでは、単純にイグとされていますが、イグに翼は無いですし、羽毛がある。と言うのも聞きません。テスカポリトカ、つまりニャルラトホテプと対立したりするでしょうか。イグに付いて言及された記事は少ないですから、イグの正確な姿の描写も無いですし、どんなパワーを持っているのかも不明です。実は、ニャルラトホテプに匹敵するパワーを持っているのかも知れません。 しかしあえて、翼を持つ蛇。羽毛ある蛇。と言うことにこだわるなら、一番、適当なものはビヤーキーではないでしょうか。毛むくじゃらですし、翼もあり、顔は蛇に似て無くもありません。忌まわしき狩人も該当しますが、英雄神でもあるケツァルコアトルは、人の姿で描かれます。手足を持つビヤーキーの方が、適当と思われます。 姿が無く、祭られている神殿もない、目に見えない最高神とは、名付け難きものハスターなのでしょうか。しかし、ケツァルコアトルと覇を争うテスカポリトカやトラロックも、オメテオトルの子です。これでは条件に合いません。 主神の入れ替わりは、支配部族の入れ替わりである。との仮定を提出しましたが、その事を踏まえると、各部族で最高神は別のものだったのかも知れません。ケツァルコアトルが支配していた時代には、主神とはハスターであり、トラロックが支配していた時は、クトゥルフを指していたのかも知れません。 翼を持つ蛇の神。羽毛を持つ蛇の神。と言う捉え方は、日本語的な考え方ですが、「翼を持つ蛇である神」では無く「翼を持つ蛇が崇める神」と捕らえる事もできます。つまり、ビヤーキーの神ハスターを指していると考えることもできます。ケツァルコアトルは、英雄神的な毛色も持ち合わせていますから、神の使いの側面も持っています。 また、風の神エエカトルと双子の神とされました。ケツァルコアトル自体も、西方と風、生者の世界を支配する神です。ハスターは、ダーレス式の四大元素還元式で、風のエレメントを与えられています。 またケツァルコアトルは、学問の神でもありますから、暗きヒアデスにある大図書館を連想させます。ただし、ハスターはクトゥルフとは明確な対立関係を持っているので、クトゥルフであるトラロックとケツァルコアトルが同じく祭られている神殿が多々ある事に反するかも知れません。しかし、トラロックとウィトジロポクトリの様に、神殿の一階と二階を共有していたわけではありません。神という強力なパワーをもっていた存在として等しく崇拝していた可能性もあります。 それに、ケツァルコアトルは、金星になった。と言う伝承もありますから、星から来たハスターの方が何かと符合するでしょう。私には、イグは、数少ない最初から地球にいたグレートオールドワン。と言う印象が強いのです。
ミクトランテクトリ 13層からなると考えられていたマヤ・アステカの世界観で、地下である4層の支配者。つまり冥界の支配者とされる神です。ケツァルコアトルが現在の人類を生み出したとされる地下世界ミクトランの支配者です。 伝承の少ない神で、大英博物館の石像では、まん丸の虚ろな目に、骸骨のような剥き出しの歯と歯茎と言う顔で、どこかカエルのような印象を受けなくもありません。可愛らしく体育座りした姿で描かれています。地下で座す神と言えば、ツァトゥグァを思い浮かべます。 トラルテクトリは、神話では引き裂かれて、天と地になっており、また女性とされますからちょっと符合しません。ただし、当初はカエルやワニの姿で描かれていたモノの、後代になって女性として描かれるようになったと言うことです。しかし、カエルはメスの印象が強く、カエルの男性神は、まず見かけません。多産の象徴であるカエルは、女性なのです。 しかしオメテオトルの別名が「トナカクトリ」「トナカシワトル」と呼ばれていたことも含め「テクトリ」は男神に対応する言葉で「シワトル」が女神を示す言葉なのは間違いないようです。おそらく厳密には、「トリ」が「神」であり「トル」が女性形なのでしょう。シワテテオが「いとも高貴な母」で、シワビビティンが「女王」ですから、「シワ」が「母」もしくは「女」に対応するのでしょうか?。「テオ」「ティン」も同一単語と思われるのですが、まぁ、マヤ語の専門家が解読していることでしょう。 ですから、トラルテクトリも本来は、男性神なのかも知れません。 ツァトゥグァは、インカではパチャカマクとして知られていたようです。人類を創造したにもかかわらず、パチャカマクはその怠惰な性情により、最初の男を餓死させてしまいます。このことは、腹が減っても座したまま動こうとせず、座したままずっと待つツァトゥグァらしいエピソードではないでしょうか?。 また、ツァトゥグァは、数少ない地球上の生物に礼拝されようと努力したことのあるグレートオールドワンです。努力し、結果を得たモノの、その怠惰な性格から、持続しなかった。この餓死させてしまったエピソードと符合するかと思います。 余談ですが、スターウォーズのジャバ・ザ・ハットは、あの怠惰な性情と食欲、そして何よりあの風体は、ツァトゥグァに思えてしかたありません。
コワトリクエ 半身半蛇、もしくは絡みあった蛇で出来たスカートをはいた女神。女神というと、すぐに「シュブ・ニグラス」と言う連想になってしまうようですが、この絡み合った蛇のスカートが、ウィルバー・ウェイトリーのひだ状の付属器官であったり、「黄昏の天使」に登場した地虫衆の下半身を思わせます。 コワトリクエが産んだウィトジロポクトリは、戦の神で、兄弟神を殺してしまうほど、兄弟で気性の荒い神だったようです。これは、ショゴスの事かも知れません。コワトリクエの外観は、古きモノどもと、似たところがあるからです。現在地球上にある生物の原型を生み出した古きモノどもを、万物の母なる女神として、当時の人間が礼拝したのかも知れません。
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