1822年に刊行された「新修蘭日辞典」には「pneumatica(現在の pneumatology霊物学))の訳として「心学」が与えられている。1856年に出版された自然科学書・物理学書「理学提要」には、自然科学が人間と交渉をもつとき「シイルキュンデ(zielkunde=psychology=心理学)なる者」や「ヒロソヒー(philosophy=哲学)なる者」を先務とするという記述がある。また江戸幕府における洋学研究の最高機関、洋書調所によって刊行された「英和対訳袖珍辞書」(1862年)には“psychologist”の訳として「精心ヲ論ズル人」、“psychology”の訳として「精心ヲ
論ズル学」が与えられている。
①帝国大学
1893(明治26)年、帝国大学文科大学に「心理学、倫理学、論理学」という講座導入されたのがはじまりである。担当教授が元良勇次郎(1858-1912)である。1889(明治22)年からは帝国大学にて「精神物理学」を担当し、1890年には日本人による初のオリジナル著書「心理学」を刊行した。その後1890年に帝国大学の教授に就任し、1893年の講座開設を経て、1903年には日本最初の心理学実験室を設立した。
松本亦太郎 1906年京都帝国大学文科大学の心理学講座に教授就任する。日本最初の心理学講座(単独)である同講座は、心理学の補助科目として生理学、精神病学、人類学、高等数学、生物学などの講義も聴講できるようになっており、学際的な心理学を目指していたことがうかがえる。1912年に元良が亡くなると、東京帝国大学の教授となる。
1873年(明治6年)東京開成学校のカリキュラムにさかのぼることができる。1877年東京開成学校と東京医学校が合併して東京大学ができると、文学部の史学、哲学及政治学科において「心理学」が教えられるようになった。心理学が文学部で教えられるようになった最初のカリキュラムである。1886(明治19)年に帝国大学時代に改称されてからは、哲学科の授業のなかで「心理学」の授業が設けられ、1893(明治26)年に単独ではないが「心理学、倫理学、論理学」の講座ができるにいたった。東京帝国大学で初の心理学専修生が卒業したのが1905年、京都帝国大学では、東京大学に先んじて1906年単独の心理学講座ができた。
②師範学校
1877(明治10)年に東京師範学校における学則変更の際であった。「心理学」は2年次の必修科目で、英書の教科書が使われた。さらに1879年にはカリキュラムの改革が行われ、週5時間におよぶ心理学の講義(教職課目中もっとも多い時間数)が行われることになった。1881年に各府県にも師範学校が置かれるようになり、「心理学」も設けられていたが、当時はまだ心理学自体がよく知られていない時代であったので、東京師範学校では教授法改良を目的として、各府県から師範学科取調員を募集し、1年の間教育学、心理学、学校管理法などを習得させた。、1900(明治33)年、学則の改定によって、ふたたび心理学の科目が復活する。そのなかには、「児童研究」や「実験心理学」という科目名もあった。。1890(明治23)年に独立した女子高等師範学校、1902(明治41)年に設置された広島高等師範学校でも心理学が教えられた。
③私立学校
私立学校では慶應義塾、東京専門学校(早稲田大学)、同志社英学校(同志社大学)などで心理学の講義が行われていた。青山学院大学の前身、東京英和学校でも、開学当初から心理学が教えられていた。また女子学校では、女子英学塾(津田塾大学)、日本女子大学校(日本女子大学)で心理学が教えられていた。
明治期の学術会
キリスト教主義の総合雑誌「六合雑誌」は、心理学研究の紹介・発表の場として大きな役割を担った。日本初の心理学専門雑誌は1912(明治45年)に創刊された「心理研究」である。この雑誌は、心理学一般の啓蒙のためにつくられた「心理学通俗講和会」の内容をまとめた「心理学通俗講和」が前身となっていたため、一般的な通俗誌の側面も兼ね備えていた。1919(大正8)年には「日本心理学雑誌」も誕生し、それまで哲学や神経学の雑誌に寄せられていた心理学の論文を心理学を専門とする雑誌に投稿する機会がうまれた。1926(大正15)年に創刊された「心理学研究」がその歴史を引き継ぐことになる。また1927(昭和2)年には第一回日本心理学大会が東京帝国大学において開催され、日本初の全国的な心理学者の学術組織である日本心理学会が発足し、「心理学研究」は学会の正式な機関紙となった。
心理学研究室を開設するというケースが多かった。帝国大学では、東京帝国大学、京都帝国大学に引き続き、東北帝国大学(1922(大正11)年)、九州帝国大学(1924(大正13)年)に心理学講座が設けられた。私立大学では、1926年に慶應義塾大学に心理学実験室がはじめて完成した。次いで、法政大学(1924(大正13)年)、日本大学(1924(大正13)年)、早稲田大学(1932(昭和7)年)、にも心理学講座が開設され、キリスト教系の大学では、同志社大学(1927年)、立教大学(1927年)、関西学院大学(1934年)に心理学講座ができた。
「明治・大正期の日本における 西洋の心理学の受容と展開 菅野 幸恵」
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